こころの声がつぶやきに変わるころ

直感で選んで、ブログを読んでほしいな♬

趣味は内省

あたしは、な--んもわからんとですよ

 

妹さんに連れられ、現施設へ入所

最初の頃は「妹に電話してくれ」「連絡を取りたい」

個室を用意すると「一人は寂しい」

大部屋を用意すると「一人がイイ」

洗濯ものは家族洗濯だが、たまる一方で

「洗濯物は洗ってくれんとですか?」

「あたしは契約のことを知らんとですよ」「死にたいですよ」

 

 

テーブル席では隣席の車いす(全介助)のじいちゃんに怒号

「あたしのこれ(歩行器)が置けないから、

ちょっと場所を移動してって言ってんのに。どいてくれんとですよ」

「私が先にこの場所に来たのに」

 

私:「それは関係ない。譲り合いの心を持ってはどうですか?

この方は一人で動くことが出来ないんですよ」

 

と、問うと押し黙ってた

 

この施設では珍しく窓が全開になる。

この間は窓から身を乗り出そうとしていたとか・・・

 

周りとコミュニケーションを取るのが苦手な様子で

お昼から催されるデイサービスでレクリエーションに誘うが

例え出席しても戻ると「あんまり面白くなかった」と、

リハビリのお兄さんに話をしているのをよく見かける

 

だんだんと口数も少なくなって

個室で寝ている姿をよく見かけるようになった

 

自宅でも同じような会話が交わされていて

自宅では「施設に行きたい」

施設では「自宅に戻りたい」

 

 

 

個室を与えられているとはいえ、トイレは共同で使用する為

「あたしの部屋なのに」共有パットの使用も

「あたしのものなのに」って最初は怒ることもあったけれど

 

今は声掛けをすると無表情の中にもやんわり笑顔にも似た表情をする

 

午前中は、体操があり、リハビリがあり、生活リハビリがあり

午後には、デイサービスでのレク、その他・・

 

意欲的にリハビリに出かける者もいるが

自分から何かをする意欲がなければ

人は人らしく生きていけないのだろうか?!

 

何が良くて

なにが良くないのか

何が悪くて

なにが悪くないのか

 

人生はやはり自分でハンドルを切りたいなと

彼らを見ながら思うのである

 

自分に問いかける為に私はこの世界で働いている気がする

 

 

だが・・近々・・・未定・・だけども

この世界に終わりが近づいていることを感じ取っている

頭ん中ではわかっていることなんだけどね